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2018年1月27日土曜日

アンカラヴィー「神秘の灯」第一章「光とは何か」


第一章 光とは何か?




知りなさい。アラビア語における「光(al-nūr)」という言葉は、太陽や月、大地や壁その他諸々の上を[はしる]火から溢れ出る様態を指す。このような様態が「神」であることは[本来]不可能である。これ(光)をアッラーに対して用いることは、字義の徒の比喩解釈によってしかありえない。しかしながら、真理を会得した者達にとっては、真の光とはアッラーそのものなのである。なぜなら、それ(光)は本体の諸名のうちの名の一つだからである。[むしろ]光をそれ(神そのもの)以外に用いるほうが転義的解釈に過ぎない。なぜならアッラー以外のものは、それ自体では影、純粋な闇だからだ。これは、存在物それ自体は純粋無であることに由来する。アッラーの使徒―祝福と平安あれ―曰く、「アッラーは被造物を暗闇の中に創り、そしてそこから光を彼らに振りまき給うた。」
 またベドウィンの民が彼に「何によってお前の主を知ったのか」と問うと、預言者は「私は様々なものをアッラーによって知った。」と答えた。この問答は、「何によってお前の主の本質を知ったのか?」と問うと、預言者は「私の主の光によって、私は様々なものを知った」と答えたという意味である。つまり、光とは現出の要因であり、それ(光)を仲介として目に見えるものを認識することができるのと同様に、真なる御方(アッラー)は存在物の表出の要因であり、彼の光と知によって森羅万象は認識され、目撃を与えられることによって、可能存在の本質は目撃される。では、かの御方はあらゆる輪郭よりも顕れたる御方であるにもかかわらず、如何にしてかの御方は[かの御方以外の]残りのモノや輪郭によって類推されるのであろうか。夜明けの光の前では灯りなど必要ない。かの御方は顕れの解明の完全さによって隠れてしまっているのだ。[この意味を]指し示すことは名状しがたく、説明することは何とも難しいのだが。~続く~

2018年1月23日火曜日

ダルカーウィーの遺言

ダルカーウィーの遺言

アッラーの御許における全ての同胞、導師、求道の貧者たちよ、平安と、アッラーの慈悲と恵みがあなた方の上にあらんことよ。

同胞よ、事の成り行きというのは他の何者でもない、アッラー唯独りの手の内にあるのだ。アッラーが望むならば、事は成され、望まれないならば、成されない。我々に降りかかった[苦難]によって狼狽えてはならぬ。このことを心にとめておけ。我々に起こったことは、アッラーの御許におわし、我々をはるかに超える力をお持ちである方々が経験した苦難に他ならない。その方々は我らの指導者である諸預言者-彼らに祝福と平安があらんことよ―とアッラーの親しき友―アッラーが彼らを嘉みし給いますように―である。
ああ、私の愛する同胞よ、もし彼ら(預言者とアッラーの友)に降りかかったことのない苦難が我々に降りかかるならば、それは確かに我々を狼狽えさせ、不安にさせ、締め付け、震え上がらせ、恐怖に襲わせるだろう。しかし、我々に降りかかっている苦難は彼らが経験したことに他ならない。だからこそ我々は心を躍らせ、幸せに包まれ、安心するのだ。不安はいずれ消えよう。アッラーこそが我々が述べるところのものの権威であらせられる。

知りなさい。私たちには我々の師匠、導師から受け継いだ知識がある。アッラーは[人間に宿る]この知識によって、我々の締め付けられた心を広げ、安堵を我々の胸に染みわたらせ、我々の弱さを力に変え、淀んだ絶望を清純な[希望]へと変えるのだ。

預言者ムハンマドの足跡(スンナ)の上にしっかりと立ちなさい。このスンナこそがあらゆる苦悩からお前たちを守る砦、救済の船、様々な神秘、善なるものの原鉱なのだ。あなた方に確信が訪れる時まで―つまり、死が訪れる時まで―いかなる時も、スンナから逸れ、別の[迷いの]道に足を踏み外してはならない。アッラーは以下のように言い給う「もしお前たちが傷を被ったとしても、彼らも同じように傷を被っている」「それともお前たちは、お前たちより以前に逝った者達に降りかかったようなものが未だお前たちに訪れていないのに楽園に入るとでも考えたのか。」2214)、「それともアッラーがまだ知り給うていないのに、楽園に入れると思っていたのか」、「忠義とは、自らの顔を[東や西に]向けることではない。そうではなく忠義とは、アッラーと最後の日、諸 天使、啓典、諸預言者を信じ、その愛着にもかかわらず財産を近親たち、孤児たち、貧者たち、旅路にある者、求める者達に与え、奴隷たちに費やし、礼拝を遵守し、浄財を払い、約束を交わした時にはそれを守り、困窮と苦難と危難の時にあって忍耐する者である。そしてそうした者が真実の者であり、彼らことが畏れ身を守る者である」(2:177
 
タリーカの民の言葉も心にとめておけ。彼らこそ我々だけでなく他の同胞たちをも導く偉大なる師である。アッラーが彼らを嘉みし給いますように。また我々にも恵みを与えたまえ。二つ世において彼ら(導師)の祝福があなたがたにあらんことよ。アーミーン。

また[導師たち]曰く「人は、試練によってその価値を上げるか見下げられる」、「峻厳なる御方によりもたらされる苦難を味わう前に優美なる御方を目にすることを望むものがいたならば、その者を拒絶せよ。彼は偽りの救世主である。」また使徒は教友のうちのある男に対して以下のように問いかけられた。「お前は均衡を保てているか」。男が「使徒よ、どうやって均衡を保つのでしょうか。」と問い返すと、使徒はこうお答えになった「与えることと、与えないこと、威厳と卑下、富と貧困、生と死、高さと低さの[間に]均衡はある。」
言おう。同胞よ。スーフィーとは、あらゆるものの価値に囚われず、持たざるものであるからといって絶望することなど決してない。これこそが他の誰でもなく、我々が述べる言葉である。ムハンマド・ブザイヤーン師-アッラーが彼の恩寵を我々に与え給いますように―は以下のように仰った。彼にある者が「アッラーよ、私にラクダを与えたまえ」と言うと、ブザイヤーン師は「アッラーにこそ称賛は属す。ズフルの礼拝もアスルの礼拝も逃さずに済んだ」と言った。またある者が師に「王があの先生やその先生を審問し、財産を取ってしまったそうです。あなたは王を恐れないのですか」と問うと、師はこう答えた「畏れはアッラーに対してのみ。水と[マッカを指し示す]キブラは[アッラー以外]誰もこの世から消し去ることなどできぬ。残りは、望むものに残されたものだ[からくれてやれ]。」その他諸々[の言葉]は偉大なる確信の民―アッラーが彼らを嘉みし給いますように―のものである。彼らが受けた恩寵があなたがたにもあらんことよ。
例え果物半分でもよいから、毎日、毎晩、施しを忘れないように。祈りもまた同様に。なぜならそれこそが崇拝の賜物なのだから。偉大なるクルアーンにあるように、「言え、もしお前たちの祈りが無ければ、わが主はお前たちを気にかけ給わない。」(2577
あなたたちの望む場所に行きなさい。どんな者であれ彼の行くべき場所に行くべきである。我々は皆、アッラーの手の内にある。平安あれ。


「イスラームにおける自由」1―サイード・ハウワー『イスラーム』―

サイード・ハウワー(1989年没)
シリア・ムスリム同胞団の70年代後半~80年代前半における中心的イデオローグ。ムスリム同胞団のイデオローグの中でも特に多作家であり、内容はイスラーム信仰の基礎からイスラーム運動の具体的戦略まで多岐に渡る。スーフィー教団との関わりも深く、『我々の精神的教育法』や『篤信者の階梯』等スーフィズムに関する著作も残している。

「自由(hurriya)
不信仰者の社会では「自由」というスローガンが高く掲げられている。共産主義体制にあるような国家が何を行ってもよいという「国家の自由」、人は何よりも経済活、政治、行動の自由を望むとの認識から民主主義体制にあるような「民と国家の自由」の膾炙によって、人は至高の目的として動物的な生活を望むようになり、動物のように服をその身から剥ぎ取り、動物のように同棲するまでになったのである。彼らの嗜好すべては動物的なものとなってしまっている。

 一方でイスラーム的社会における「自由」とはそのようなものとは正反対である。イスラーム的社会では個人のレベルにおいても国家のレベルにおいてもまず何よりもアッラーへの従属性と、イスラームと固く繋がるイスラーム法の規範をスローガンに掲げる。ムスリムとムスリム社会の安らぎと望みは、政治、社会、経済、日常の実践あらゆる側面においてアッラー唯独りに帰依し、かの御方の命令に従うことにのみ存在する。したがって、ムスリムはアッラーへの従属を説く法に従い、それを義務となし、(人間が法に従うことを)彼を創造したアッラーの権利とみなすのである。このような僕性(ウブーディーヤ)は、万物をかの御方への帰依に用いるという、人間の峻厳なるアッラーへの感謝の実践として顕れる。そしてここに、ムスリムと不信仰者の道は分かたれるのだ。不信仰者とは、万象を創造主の存在の忘却のために利用するが、ムスリムは食べる時も飲む時も服を着る時も感嘆の声を漏らす時も病に苦しむ時もこの真理を守りアッラーへの従属を唱えるのである。イスラーム的社会における自由とはイスラーム(法)の施行の中に存在するムスリムの自由に他ならない。

2018年1月22日月曜日

アンカラヴィー「神秘の灯」0:序論


神秘の灯

イスマイル・アンカラヴィー(1631年没)

ルーミーの『精神的マスナヴィー』の注釈者として名声を博した17世紀オスマン朝を代表するメヴレヴィー教団のスーフィー思想家。彼の神秘的存在論にはスフラワルディーの照明哲学、イブン・アラビーの存在顕現説双方の影響が見られるといわれている。

『神秘の灯火』はクルアーン御光章の一節「光の啓示」の解釈をめぐる論考である。「光の啓示」の解釈書としてはアブー・ハーミド・ガザーリーの『光の壁龕』が最も有名であるが、アンカラヴィーの『神秘の灯火』はよりイブン・アラビーの存在顕現説の影響が色濃く出たものとなっている。



「光の啓示」

《アッラーは諸天と地の光にあらせられる。彼の光の譬えは壁龕のようで、その中には灯火があり、その灯火は西方のものでもなく東方のものでもない祝福されたオリーブの木で灯されている。その油は火がそれに触れなくても輝かんばかりである。光が光の上に。アッラーは彼の光に御望みの者を導き給う。そしてアッラーは人々のために譬えを挙げ給う。アッラーはあらゆることについてよく知り給う御方。》クルアーン御光章:35



序文


アッラーに讃えあれ。彼こそ灯火がその中にある壁龕の如くかの御方そのものの叡智の光によって真智者の胸を照らし、かの御方の属性の神秘の大海に身を浸す者たちの首を眩いほどに輝く知の真珠によって飾り付け給う御方。その[真智者の胸は]まるで意味と解明[の周りを]を巡る惑星の如く。夜と朝を分かち、明け暮れに[被造物]の輪郭をお創りになる御方である預言者ムハンマドに祝福あれ。彼こそ[アッラーによって]禁じられた行いを明らかにし、許された行いを許される、開扉者[であるアッラー]に愛される御方。また救済と成就の喜びへと導き給う清く正しき彼(預言者ムハンマド)のご家族、繁栄と長寿の軌道を指す星の如き完全なる彼の教友の上にも祝福あれ。

さて、病み患う卑しき貧者、まったくつまらぬ存在にすぎぬこのイスマイル・メヴレヴィー・アンカラヴィー…アッラーよ、彼に具象・概念の諸神秘を開示し給え…は言う。或る日、私はよく赦し給う威力比類なき御方であるアッラーの啓典を詠んでいたが、御光章のところで目が留まった。私はそこでしばし熟考しその意味を考えていた。そして、私はその神秘の混沌の中に身を沈め、そしてそこから貴き奥義の玉石を取り出し、溢れんばかりの貴石を見出した。これは求道者たる王の宝物庫の中にもほとんどないものであろう。ましてや流浪人の宿になど!まるで失われた秘宝を見つけ出したかのように私の心は踊り、不安は肝から消え去った。

そこで私はさらにいくつかの啓典注釈書―カーディー[1]、『Kashshāf[2]、『Ma‘ālim al-Tanzīl[3]などを参照し、この病み患う私が望むものを求めた。しかしこれらの注釈書にはほんの少ししかこの[光の啓示]の意味は示されていなかった。私は狼狽し、ただただ悲しみに打ちのめされてしまった。ああ、驚くべきこと。なぜ真理と有徳の人々のうちの者はこのように崇高にして優美、高貴なる章句についていかなる書物、書簡も著していないのか。何たることだ。どうして彼らはこの[光の啓示]の神秘の微細についての見解を提示せず、この[光の啓示]に秘められたものの解明に目を向けようとしないのか!

また或る日、私は[この光の啓示の]神秘の真理について扱った論考を目にした。この論考は『光の壁龕』と名付けられ、大思想家である「イスラームの明証」によって著されたものである。この論考では、彼は哲学者の言葉に則った様々な[光の]意味を並べ、真智者の用語に則って様々な隠微なるものの種類を提示しているものの、アッラーが私に開示し給うたところの神秘についてはこの[『光の壁龕』]には見出せなかった。なぜならばクルアーンとは波立つ大海、光溢れる太陽だからである。《たとえ地上の全ての木がペンで、一つの海と、その後に七つの海がそれに(インクを)注いだとしても》[4]よく赦される威力比類なき御方であるアッラーの御言葉の諸神秘は尽きなかったであろう。

私は取りこぼし、作業の遅れ、欠損の無いように手許にある真珠に糸を通し整え、貴石をしっかりと編み込こんだ。そうして、この[真珠・貴石は]真智者の御首[に捧げるため]の首飾り、アッラーの親しき友のうちの王、清らかな者達の証、導きの星の極、[正当なる]歴代の[真知者の]円の中心、真理の園におわす孔雀、消滅と持続の神秘の真珠きらめく大海の師、マウラーナー(ジャラールッディーン・ルーミー)様…アッラーよ、彼の御言葉の真理、至高なる彼の本体の神秘によって我々を聖なるものとし給え…に[従う]者達の貧者の心の糧となるのである。

 

かの御方こそ目標、[彼を私は]求め、望みを託す

 かの御方の名前は愛に溢れる者のもの

 かの御方こそ不安に怯える者の[心]を満たし、希望[を与える]宝物

 かの御方より望みのものは得られよう



主よ、敬虔なる者の心のガラスをマスナヴィー的神秘の灯火で照らしたように、我々と二つ世の同胞たちの良心の奥底、考察の心眼を概念的光によって照らし給え。

私は本書を『神秘の灯火』と名付け、以下の四章に分けた。即ち第一章は光とその本性について、第二章は灯火、壁龕、ガラスについて、第三章は祝福されしオリーブの木について、第四章は始まりから終わりへと導きについて。真智者と有徳の主の諸君には、どうか[私の]筆が滑った点や[私]の足が踏み外した点についてはお許し願いたい。多くの者が知るように、アッラーの神秘を理解するというのは全く難しいものだ。アッラーよ、我々の同胞全てに清らかな飲み物[5]を飲ませ給え。我々の心、聴覚、視覚、内臓、四肢を光で照らし給え。



[1] バイダーウィー(1388年没)のクルアーン注釈書『Anwār al-Tanzīl』。
[2] ザマフシャリー(1150年没)のクルアーン注釈書。
[3] バガウィー(1122年没)のクルアーン注釈書。
[4] クルアーン3127
[5] クルアーン第7621節「彼ら(敬虔な者達)には彼らの主が清らかな飲み物を飲ませ給う」に由来する表現。

2018年1月20日土曜日

ユヌス・エムレ「黄色いお花」~オスマン朝神秘主義詩1~


オスマン朝神秘主義詩 ユヌス・エムレ 



ユヌス・エムレ(西暦1238-1320

トルコ語およびトルコ文学史上最も偉大な詩人として知られるスーフィー聖者。

人間の愛や自然への憧憬、死生観、神と人との関係など様々なテーマを当時の民衆の言葉に近いトルコ語で詠いあげ、トルコのイスラーム思想の形成に大きな影響を与えた。



「黄色いお花(Sordum Sarı Çiçeğe) 」はユヌス・エムレと花が対話する形で書かれた詩である。この世ではあらゆる存在は何かとかかわりをもってこの世に生きていること、どんなものにも死は訪れることなどイスラームの世界観、死生観が素朴で簡明な言葉で表現されている。



ねえねえ 黄色いお花さん あなたのママとパパはだれ?

やあやあ 偉いお坊さん 大地がわたしの両親さ



ねえねえ 黄色いお花さん 子供や兄弟姉妹はいるのかい?

やあやあ 偉いお坊さん 葉っぱがわたしの子供だよ



ねえねえ 黄色いお花さん どうして頭を垂れているの?

やあやあ 偉いお坊さん 神様の前にいるからさ



ねえねえ 黄色いお花さん お顔がまっさおになってるよ

やあやあ 偉いお坊さん もうすぐわたしは死ぬからさ



ねえねえ 黄色いお花さん あなたもいつか死んじゃうの?

やあやあ 偉いお坊さん この世に死なないものなんて あるのかい



ねえねえ 黄色いお花さん あなたは誰に従うの?

やあやあ 偉いお坊さん ムハンマド様に従うよ



ねえねえ 黄色いお花さん わたしは誰だか 知ってるかい?

やあやあ 偉いお坊さん あなたはユヌスじゃないのかい?